薬学部数の推移

2003年から薬学部が全国に乱立し始め、2006年までのたった3年間に私立大学薬学部が、24校(2倍以上)も新増設されました。 2005年に、急に「はい、来年度から6年制」と言う異例にスピーデイな通達でした。このため、薬剤師を取り巻く環境が一変しています。

平成の大増設
長年、懸案事項であった薬学部の6年制への移行は、2006年(平成18年)に実施されました。薬学部は非常に希少な狭き門でした。薬学部が設置された大学は、地理的に局在しており、医薬分業の進展に伴い深刻な薬剤師不足に陥りました。2003年から薬学部が全国に乱立し始め、2005年に急に「来年度から6年制」と言った異例な通達でした。私立大学は、2003年から2006年までのたった3年間に24校(2倍以上)も新増設されており、6年制移行のための布石のようでした。

戦後から平成まで

戦後の新制学制では、(昭和24年~25年)新制大学として、国立大学5校、公立大学3校、私立大学9校の全17校に薬学部がありました。その後、昭和58年の摂南大学までの間に国立大学14校、私立大学29校の全46校になりました。

その後約20年間新増設はなく、平成15年から平成18年までの3年間で24校増え、73校となり、6年制に移行しました。

平成19年以降もさらに増え続けています。グラフは平成末までに国家試験を受験した大学数です。

全国には、国立大学82校、公立大学87校あります。如何に薬学部が狭き門だったかが伺えます。

 
新制学制の薬学部数
戦後の学制改組により、(昭和24年~25年)薬学校(私立)を前身とした薬学を学べる大学が、全国に17校で新スタートを切りました。場所が偏在しています。
 
 

薬学部は「別格」

制の国立大学は各県に1校以上できましたが、薬学を学べる大学は非常に少なかったのです。
薬学が私立を発祥としていること、非常に高度な学問であること、戦前は女子は大学へは進学できなかったこと、そして、医薬分業が進んでいるアメリカ主導の改組だったことに由来します。
このため、戦前にすでに官立(現・県立)と合併していた大学は、国立大学に併合されましたが、経営が順調な旧制薬学専門学校(現・大学)はどこにも属さず、単科の薬科大学(collegeではなくuniversity)として再スタートを切りました。
(一部例外があります。詳しくはこちらへ)
このように、薬学部は新制学制に移行する際に、他学部とは別格の組織化をされ、かつ非常に狭き門(難関学部)だったため、「薬学部は別格」と言われていました。

平成の大増設以前に薬学が学べた大学の場所
戦後、次第に薬学部が新増設されました。旧帝大と地方の国立大学3校、そして私立が19校です。それでもなおかつ、全部で46校しかなく、国立大学数82校にも到底及ばず、非常に狭き門(難関学部)だったため、「薬学部は別格」の変わりはありませんでした。
私立の中には、単科の薬科大学もあれば、ほかの学部と併設校もありました。場所は局在しており、やはり、東京、近畿圏に局在していました。(詳しくはこちらへ)さらには、昭和終盤から広まり始めた医薬分業が急速に進展し、全国的に薬剤師不足が深刻に陥っていきました。

平成末の薬学部数

2003年(平成15年)から薬学部が全国に乱立し始め2006年(平成18年)までのたった3年間に私立大学薬学部が、24校(2倍以上)も新増設されました。この時から「薬学部は別格」ではなく、「普通の学部」となりました。

赤い吹き出しは、各地方別の増加数です。西日本と東北に特に少なかったので、2倍以上になっています。平成の大増設では、単科の薬科大学は関東に2校のみで、は地方の中間私立に新増設がほとんどです。図は平成末までに国家試験を受験した大学です。これ以降もさらに増え続えています。